# 母は千の風
2012.05.13 Sunday

千の風
5月の第2日曜日は母の日 どなたもそうであるように
母がいて私がいる! 母なしでは生きていられないほど
母親っこでした 千の風に乗って
母は今でもそばにいます
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6人兄弟の末っ子です しかもすぐ上の兄とは1廻り近く
離れていました 物心ついた頃は すでに兄たちは
家を離れ 両親と3人暮らしでした
母は明治生まれ 当然「お行儀」はうるさく 例えば
畳の上に落ちてる新聞を踏んだり 布団を踏んだりは
御法度 でも当時大半の家庭で当たり前のこと
人様から物を 頂くときは両手のひらで受け取る
上からつかむのは鷲づかみで 失礼といわれました
これが家庭教育というものだったのでしょうか
ですが それ以外は本当に自由でした
生きるだけが必死の時代でしたから 細かく
言っている暇がなかったのかも知れません
ただ 昔話を殆ど毎晩してくれました
「古事記」がブームですが それらしきものから
福岡でしたので 太宰府に流され無念の死を遂げた
菅原道真公の 飛び梅の話は 力が入っていました
「東風ふかば匂いよこせよ梅の花
主なしとて 春な忘れそ」・・この歌が今でも
自然に口ずさめるのは 母の昔話のお陰
疲れた母は 昔話をしながら 先に眠ってしまいます
それを 揺り起こし もっと話してと
せがんでいました
今でも一番逢いたいのは 「お母さん」
なのです
















